BodySharing について(3)

BodySharingについて書いてきた。
BodySharingが充実して、ユーザーがアバターを自由自在に操り、その体験をフィードバックしてもらえば、様々なことを容易に体験できるようになる。
今日は帰宅したらアルプスに行こうとか、今日は陶芸教室で絵付けをしようとか。
また、自分とは全然違う環境の人の生活を体験できるようになるかもしれない。
異性の人の生活とか、山で自給自足する人の生活とか。

BodySharingについてよく分かったわけではないが、体験には2種類あると思う。
1つは、ユーザーがアバターの体験を受け取るだけ。
ユーザーがリアルタイムで受け取ってもいいし、アバターの体験を電子化して保存し、また取り出せるようになれば、その体験を多くの人がいつでも受け取れる。

もう1つは、ユーザーがアバターを操作してあることを体験してもらい、その感覚をリアルタイムで受け取ること。
ユーザーがアバターに憑依するような感じ。
アバターはリアルな現場でそれを体験する。

後者のほうが大きな問題をはらんでいる。
ユーザーは、アバターに体験してもらって初めてそれを受け取れる。
アルプスに登ってもらうとか、陶芸をしてもらうとか。

また、真にリアルな体験を受け取るには、アバターはロボットよりも人が望ましい。
映画「アバター」を思い出す。
海兵隊員ジェイクが操っていたのは、惑星パンドラの現地人と地球人のDNAをかけ合わせて作ったアバターだった。
だからうまく操作できたし、最後にジェイクが***するほど魅力的だったのだろう。https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000016.000118378.html

アバターが人である場合、人が人を遠隔で操作することになる。
アバター(人)にも本来の意識や意思がある。
なのに、体に電極を付けられて電気を流されて他人の指示通りに動くことになる。
自分が嫌なこと、危険なこともしないといけないかも。
ある日、外国の戦場で戦っているかもしれない。
一部の国ではありうるだろう。
今でも、ウクライナに派兵している国がある。
アバター(人)の主体性はなくなるのか?

また、体験の途中にトラブることもあるだろう。
アバター(人)が怪我をしたらユーザーの責任だろうか?
アバター(人)が犯罪を犯したらどっちの責任になるのだろうか?
犯罪がアバター(人)の意思なのか、ユーザーの指示なのかによるだろうが、ハッキリしないことが多いのでは?

アバター(人)の問題点について少し書いた。
実際に人が人を操るとなれば、もっと問題点が出てくるだろう。
事前に規制をかけて安全に運用できるようにするだろうが、何事も完璧にはできない。
少なくとも私はアバターにはなりたくない。
でも、映画「君の名は。」のように他人の生活をしてみるのは悪くないとも思う。