治安の悪いアメリカの町で現金を用意するのに苦労した話

自販機は、電子決済が使えるものが多くなって更に便利になった。
昔の自販機では、現金の中でも硬貨しか使えなかった。ただ、500円玉という最終兵器が使えたので、自販機で困ったのはお札しかない時だけだった。

昔、アメリカに行った時は不便だった。
約30年前、自販機では硬貨しか使えなかった。
それも、25セント硬貨までだった。
(当時のレートで30円程度)

1ドルのコーラを買うには、25セント硬貨が4枚必要だった。
コインランドリーで洗濯するには、1.5ドル、硬貨6枚が必要だった。
普通はそんなに小銭を持っていない。
両替機もほとんどなくて苦労した。

一番困ったのは、バスに乗るときだった。
これについて詳しく書きたい。
ある時、加州オークランドの電車の駅から空港行のバスに乗ることになった。
それには5ドル札が必要であった。
財布には20ドル札しかなかった。
駅のバス乗り場にはお菓子を売る露店があった。
後で分かったが、お菓子を買って10ドル、20ドル札で払えば、お釣りで5ドル札を貰える仕組み。
だがその時は店のおばちゃんが不在だった。

オークランドは昔も今も治安が悪い。
湾岸エリアではマフィアの抗争があるし、街中でも流れ弾に当たる人がいる。
青少年はナイフでやり合うという。
だから駅から離れたくなかった。

だが駅の周りには店が全くなかった。
風で紙ごみが舞い上がる寂しい感じ。
買い物ができる店を探して歩いた。

道の両側には、小さな白い家がずーっと並んでいた。日本では見たことがない。
午後2時頃、黒人の小中学生がたむろしていた。
何もすることがなくて、ブラついたりじゃれ合ったしている。
私より大きい子もたくさんいる。
彼らを刺激しないよう、そっと歩いた。

20分ほど歩いて、とても小さな雑貨店を見つけた。
昭和時代、日本の田舎にあった「よろず屋」という感じ。
重いドアを開けて中に入った。
窓がなく、電灯だけでは薄暗かった。
5歳くらいの子供が駄々をこね、それをお母さんが𠮟りつけていた。
何かイヤ~な雰囲気。
レジは私の目の高さくらいの台の上。
店員がその上から見下ろしている。 
これは犯罪防止のためか?

1ドルのジュースを選んでレジに行き、20ドル札を出したら何か言われた。
聞き取れず黙っていたら、
「英語ができないのか?なら仕方ない。」
と言われた。
最初に言われたことは聞き取れなくてよかったかもしれない。
何とか5ドル札を入手できた。
急ぎ足で駅に戻った。

そしたら菓子屋のおばちゃんが戻っていた。
旅行者風の私を見て言った。
「お菓子はいかが?」
私は、遅いよ!と心の中で叫んだ。
何とか無事バスに乗れてほっとした。
とても疲れたけど、日本ではできない貴重な経験だった。

(参考)
ローマで5000リラ札(当時350円)がなかったときの話
ローマの休日 ジェラートの思い出 - そこはかとなく