世界中のラジオを聴くBCL
今週のお題「懐かしいもの」
中学生のとき、ラジオを聴き始めた。
深夜ラジオはトークや音楽が楽しいだけでなく、大人の世界を垣間見る良い機会となった。
例えば、故 谷村新司さんとか、いろいろなことを教えてくれた。

ラジオはAM,FMだけでなく、短波放送も聴けるものを買った。
短波は遠くまで届くから、日本で世界中の放送を受信できる。
当時、BCL(BroadCasting Listeners)というものが流行っていた。
世界中の放送を聞いて、受信報告書を書いて放送局に送るというもの。
報告書が届いたら、お礼として美しいポストカードが送られてきた。
BCLカードと呼ばれていた。
その報告書が放送改善の役に立ったというよりも、ラジオを聴いてくれてありがとうという意味だったのだろう。
日本語放送を流している国は少なかったが十数局あった。
イギリス、ドイツ、ロシア、中国、韓国、インドネシア、オーストラリア、エクアドルなど。
大部分は国営放送かそれに近いものだった。
それらを聴いて、せっせと受信報告書を書いて送った。
受信報告書の様式は市販されていた。
軽量化するため紙が薄かった。
国際郵便用の薄い封筒に英語で宛先を書く。
封筒の端は赤と青のひし形?の模様で彩られていてオシャレだった。
郵送料を調べて、ちょっと高い切手を貼る。

中学生にとって、英語で宛先を書くなど、作業の1つ1つが特別であり、自尊心をくすぐるものだった。
放送局という公的機関に郵送することで、ちょっと大人になった気がした。
頂いたBCLカードはとても美しいものだった。
各国ご自慢の文化遺産、民族衣装、ビーチなどの写真がハガキ一面に印刷されていた。
たまに、本のしおりなど、ノベルティのようなものが送られてくることもあった。
安いものだろうが、値段は関係なかった。
レアリティが大事だった。
そして、それらを友人と比べっこして自慢しあった。
多感な時期だったこともあり、海外に行ってみたいという気持ちは高まった。
友人の中には、日本語放送に飽き足らず英語放送にチャレンジする人もいたが、中学生には難しいものだった。
逆にそれが英語力を高めたいという動機付けになった。
ラジオで聴いたロックと合わせて。
あれから何十年もたち、BCLカードは今どこに行ったか分からないが、よい思い出として残っている。
このブログを書く前に調べたら、日本向けの海外放送は、もとは各国のプロパガンダだったらしい。
しかし、私にとっては自身の成長への良い動機付けとなった。
(参考)
海外の日本語放送は、太平洋戦争中に日本へのプロパガンダとして始まった。
国営放送が大部分であった。
アメリカ、イギリス、ロシアなど。
東西冷戦時は、私がBCLをしていた時期と重なるが、社会主義国⇔資本主義国のプロパガンダ合戦であった。
中国、北朝鮮など。
東西冷戦後は、海外旅行やインターネットで海外情報を入手できるようになり、日本語放送は廃れていった。